秋野不矩作品集・インドを観る・デッサンから本画へ/限定版1000部/定価35000円/水上勉文/本画集は私にとって初めての画集である/図版37枚揃
商品説明
秋野不矩作品集・インドを観る・デッサンから本画へ/限定版1000部/定価35000円/水上勉文/本画集は私にとって初めての画集である/図版37枚揃
1997年336P図版37枚揃外箱サイズ36.7㎝×31.7㎝程度ゆうメール・レターパック規格外部数は少なそうです。資料用にもいかがでしょうか。
秋野不矩
あきのふく
[生]1908.7.25. 静岡，二俣
[没]2001.10.11. 京都
日本画家。本名ふく。 1926年静岡県女子師範学校卒業。 27年石井林響のもとで本格的な創作活動に入る。 31年『野を帰る』で帝展に初入選。 38年『紅裳』で新文展特選。 48年，日展，帝展，新文展の系列から離別して創造美術協会 (現・創画会) の結成に参画。生活感あふれる身の回りの人々を題材とした。 49年京都市立美術大学 (現・京都市立芸術大学) 助教授となり，51年上村松園賞受賞。 62年インドのビシュヌ・バーラティ大学に客員教授として1年間滞在したことがインドとの運命的な出会いとなった。 64年の『インド女性』をはじめ，インドの古典的な神秘性のなかに近代的な感覚を盛込んだ風物画を描いた。 78年京都市文化功労賞，81年京都府美術工芸功労賞を受賞。 99年文化勲章を受章。
秋野不矩先生の仕事
水上勉
秋野不矩先生が京都の大丸で毎日新聞主催の回顧展をひらかれた時、はじめてインドを描かれたすぐれた日本画の世界を見た。パトナの絵は、ガンガーという題だった。大きかった。黄褐色の大河に雨水が攻めてくる。右の隅で鼠のようなイルカが跳びはねている。また黄土色の背景に、黒布とおばしい衣服にこまかい図柄の刺繍を縫いつけた手製の上衣に、スカートをまきつけた女性の細い骨ばった腕や足。鴉のとまった鉄の柵のある中庭の塀などを描いた作品も見た。ガンジス河を流れるこれも 風ほど小さな水牛のむれも見た。たぶん「渡河」と題されていたか。 正直いって、花鳥風月を描かせては無類の才能を約束されていた女流画家がいさぎよく、それまでの勉強を捨てて、インドに入りこんでおられる。それは壮観といってもよい、黄と黒と、朱との構図の大胆な絵画世界だった。秋野先生はのちに出版された筑摩書房からの「バウルの歌」によると、1962年にインドにゆかれ、大学で客員教授となられた縁を大事にされて、その頃からインドの風光と民衆の個性にひきつけられ、一切の画業を賭けてしまうような暮らしに入られたときいた。先生ご自身の自伝を信ずるのだけれど、先生はあとでも絵になさっている吟遊詩人バウルにめぐりあわれるのだが、この手づくりの楽器をひく詩人はタゴールの詩の元になるような祈りの歌をうたっていたらしい。先生はこの日から祈りつつインドを歩かれるようになるのではないか。私は、展覧会場で、秋野さんのインドにふれて、感電死しそうだった時間をよくおぼえている。
秋野さんが、何げなくさしだしておられる動物のかずかず、つまり、牛やイルカやカラス、犬などであるが、それらの黒い像が、私の眼にやきついたのである。中庭の床にも壁にも楽書きがあってそれが、どれも色彩ゆたかで、秋野先生が、スケッチしておられる時間の呼吸がきこえてくるような作品もあったが、動物はみな生き生きしていた。
私はそれまでインドを知らなかったので、1989年5月に初旅行を試みた。パトナへ行ってみようと思ったのである。ニューデリーから飛行機でゆけた。ビハール州という地方の都市だけれど、ガンジスの沐浴のできるガートがあるそうだった。私の目的でもあったお釈迦様の遺跡も近くに多かった。私は、愚かなことに、自分の都合でとりきめた無謀な旅行をしてきた。インドは、酷熱の真夏だった。雨期直前で、パトナのガンガーもかわいて砂地の川床が歩けた。お釈迦様がスジャーターとめぐりあわれた有名な伝説の山のふもとへも川床を歩いてわたれた。そのかわり、みどりの木一本とてなかった。雑木の下枝の葉は牛たちによって喰われ、大地の草ものびていなかった。いたる四辻に犬が死に、中古自転車が横倒しになっていた。そんな農村をかけめぐって、少しでも先生の世界にふれたいと思ったが、スケジュールに追いまくられて果たせなかった。ただ、チャプラの村で、ひるめしの弁当をひろげた時、炎天下のブーゲンビリヤの花の下影にだまってすわって鋭い眼で私たちを見ていた農民の男女のやせた、 骨の張った顔が瞼にのこった。私は九才から京の禅寺で小僧をしていたので、お釈迦さまの古跡に縁故ある書物をよんできたが、牛や犬が、人間と同じか同じ以上の資格をもたされていた本生譚を和尚さまからきかされていたし、大乗佛典の中の経を暗記させられもしていた。 そのため、インドではじめて犬の屍体が炎天下の道ばたに捨てられているのを見て、諸行無常を生きる民衆の力といったものを感受せずにおれなかった。秋野先生の何げなくさしだされていた動物たちが、黒く印象ぶかかったのもわかってきた。ビハール州はどこへいっても牛と農民の男女のやせた姿が あった。やはり、現地へきてみるものだ。インドを見た人と見ない人では考えもちがうはず、と私に旅をすすめた女流作家の言葉が思い出された。私は、雨期直前の熱い夏の旅行が黄金のようにうれしかった。秋野先生のことを書こうとして、思わず、自分ごとを書いてしまったが、じつはその年まわりは、私が毎日新聞に連載中の小説の挿画を先生がひきうけて下さっていたのだった。何日間かを書きためて先生に送っておいての旅行だったと思う。ところが、それからまもなくに、心筋梗塞で倒れた。先生にはずいぶんご心配をかけた。私は、諸行無常の国を言いたかったために、よけいなことを書いたと思う。だが秋野不矩先生のインドの絵画の背景から、無常の音をきくのは私だけではあるまい。すでに関西画壇に 精通しておられた司馬遼太郎さんの「菩薩道のような」という名言がある。私は一とだけしかゆかなか ったけれどインドの、モンスーンを思い、雨期を思い、下枝の葉を喰いちぎる牛たちのむれを思いして、 秋野先生の絵に諸行を感じてきた日を忘れていない。 大きな仕事を持続される力はとても女流とは思えない。これまでの日本画界をゆさぶって、ますます先生はお元気である。
ことしは先生九十一才の由だが、七メートルの大作に挑んでおられるときいた。何が出来あがるのだろう。楽しみである。
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